編集後記 編集委員 川上 正徳
春の爛漫、 街路樹の野生リンゴの木の花が白く満開だった下を平和行進したニューヨークも、 遥か遠くの想い出になりました。 まず始めに編集が大幅に遅れたことをお詫びいたします。
5 年前、 米国ニューヨーク・ケネディ空港からホテルへの移動に時間がかかり、 旅の多難を危惧しましたが、 今年は団員も多くなり前回の経験を生かしてスムーズに宿舎へ移動できました。 今回のホテルは少し遠くなりました分、 旅費を節約して歩いて 5 番街など繁華街を通り、 国連まで市内観光ができました。 特に、 今回参加の被爆者には外務省から 「非核特使」 の委任状まであって気が引き締まりました。
私たちのニューヨークでの活動は地元の長崎県人会の 「ばってん会」 やヒバクシャストーリーの米国人の大きなバックアップで精力的に行うことが出来たと思います。 長崎からは被爆者団体、 ナガサキユースの若者達に加え、 ひまわり合唱団と 100 人近くの大代表団となりましたので、 新聞報道も私達のみでなく多彩となったことは収穫でした。 しかし、 肝心のNPT再検討会議の最終文書が採択されなかったことは残念でした。
今年、 被爆 70 周年、 湯川博士やアインシュタイン博士などの科学者で組織され、 非核の世界を目指す活動でノーベル平和賞を授章した 「パグウオッシュ会議」 第 61 回世界大会が長崎で初めて開催されるので私達被爆者や長崎市民は大きな成果を期待しています。
今回の参加者は 20 人と多くなりましたが、 多くの視点から報告書が出来たことは良かったと思います。 記録担当としては、 ビデオカメラとスチールカメラの両立が難しく、 報告書に必要な多岐な活動写真を撮影できず、 それぞれの参加者の写真を提供して頂きました。 紙面の関係で画面を合成したりしましたので、 いちいち撮影者のお名前を掲示しませんでしたが、 ここで写真提供の皆様へ感謝を申しあげたいと思います。
さらに 5 年後、 ニューヨークへ米国での被爆証言活動のため、 長崎の被爆者が 1 人でも多く参加して頂きたいこと思いますし、 被爆者でない方々も証言を引き継ぐための後継者となって頂くためにも、 今回参加の皆様のご健勝とご活躍を祈念しています。
編集委員長 川上正徳、 編集委員 田崎昇、 池田真樹