核兵器廃絶地球市民集会ナガサキによる2015年NYで行われたNPT会議のリポートです。

ニューヨーク・シティ・ラボ・スクール訪問 末永 浩

 私達は 4 月 29 日、 ニューヨーク・シティ・ラボ・スクールを訪れた。
 午後 1 時 10 分、 講堂で高校生代表があいさつをした。 ロバートさんの紹介で 「ひまわり合唱団」 全員 16 名が壇上へ。 被爆者で平均年齢 77 歳、 最高 88 歳。 男性は指揮者の寺井さんと小西さん。 これらの人々は NPT 会議へこられ、 今後一切の核兵器をなくす活動をしていると紹介された。 田上長崎市長も紹介された。

核兵器廃絶,地球市民集会ナガサキ2015,
ニューヨーク・シティ・ラボ・スクール訪問,
45秒のカウント,
    45秒のカウント

 司会者、 「幸せなことを思って下さい」 (原爆投下から爆発までの 45 秒間あった)
 寺井さんが話した。 「私達は"ひまわり"と申します。 わたしたちは原爆による戦争犠牲者です。 世界はまだ平和だと言えないと考えています。 犠牲者はいつも弱い者たちです。 世界平和と核兵器廃絶の思いをこめて歌ってきました。 今日は力の限り歌わせて頂きます。 「浦上」 「鳩よ」女性の被爆者が話した。
「あの日、 私は 9 歳。 長崎市の西山にいました。 原爆の爆発により家の窓ガラスは割れ、 私の体に突き刺さりました。 母は妹を抱いて爆心地近くの大学病院へ行っていて、 どこで被爆したのか、 骨さえも拾えませんでした。 その翌年には父も他界しました。 私は祖父の手伝いで学校には行けなかった。 今も長崎の浦上の地に母と妹は眠っています。」
 寺井さん 「続けて 2 曲歌います。 一緒に歌って下さると嬉しいのですが。 すぐに歌えますよ。 ウィ ネバー フォゲット ナガサキ・・・人間の命を今こそ心に・・・この世界中から核をなくすために・・・ウィ ネバー フォゲットヒロシマ・・・」  田上長崎市長が発言した。 「皆さんに会えてとても嬉しいです。 長崎は日本の一番西の端にある人口 43 万人の港町です。 どうしてナガサキから NY へ来たと思いますか?国連で NPT の会議があったからですが、 伝えたいメッセージがあったからです。

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ニューヨーク・シティ・ラボ・スクール訪問,右端から私、通訳の畠山さん、学校関係者,
右端から私、通訳の畠山さん、学校関係者


アメリカ人だけでなく、 世界の人々に伝えたいからです。 核兵器の惨害を二度と経験しないようにするためです。 そしてみなさんと一緒に核兵器のない世界を作りましょう。 アメリカは 3 発の原爆を作り、 一つは実験し、 一つはヒロシマへ。 一つはナガサキへ投下しました。
 いま世界には 16,000 個の核兵器が存在し、 使用される可能性があります。 みなさんの世代が二度と核兵器の惨害を経験しないように。
 今から山下さんが被爆体験を話してくれます。 仲間にそんなことが起こったらと思って聴いて下さい。 若い者の人生が戦争に妨げられないように。 心の中に残して下さい。 ありがとうございました。」  山下泰昭さん (メキシコ在住) が英語で被爆体験を話された。
 私が 2 冊の原爆紙芝居 「ノーモア・ヒバクシャズ・山口仙二さんの叫び」 と 「赤い背中・谷口さんの原爆」 (いずれも日本語英語対訳表記) と、 あと 2 冊の冊子と長崎原爆写真集を贈呈した。  藤沢市長からのプレゼントが贈呈された。
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ニューヨーク・シティ・ラボ・スクール訪問,
会場の様子,
              会場の様子
 学生からの質問があった。 「今の日本をどう思うか?」 田上長崎市長は答えた。 「核兵器の非人道性を一番よく知っているのは、 日本政府で、 世界のリーダーになることが出来ます。 でもまだリーダーシップが不足です。 私達は日本政府にも働きかけて行きます。 みなさんは新しいことに挑戦して欲しいです。」  質問 「NYの市長は平和市長会に入っていますか?」  田上長崎市長 「まだ入っていない。 しかし間接的には一員です。 みなさんから平和市長会に入って、 と言って欲しいのです。」 (拍手)
 集会後、 誰かが私の近くに来て 「今日の学校の図書室で紙芝居が展示してあるのを見て、 強いメッセージがあった」 と私に言われた。 私は 「ありがとうございます」 といった。 会は 2 時半に終了した。  私の感想は 「世界の指導者の被爆地訪問を」 (朝日新聞 「声」 欄 2015 年 5 月 20 日付け) に書いています。