核兵器廃絶地球市民集会ナガサキによる2015年NYで行われたNPT会議のリポートです。

核兵器廃絶を願ってみんなで平和行進 池田 真樹

 NPT 開会前日 4 月 26 日の朝、 ニューヨークは快晴でしたが、 まだ肌寒く、 それでも代表団メンバーは、 平和行進に参加する緊張感で高揚していました。
 スタート会場は、 他の皆さんも書いておられるように、 ニューヨーク・ユニオンスクェア広場です。 5 年前と比べると集まった人が少ないように感じましたが、 それでも、 人混みの中、 ステージのすぐ近くまで移動するのは大変でした。 ステージでは、 各国の NGO の方々がリレー式でスピーチし、 核兵器廃絶を訴えていました。 しばらくすると、 行進が始まる時間となり、 先頭付近に居るつもりでいたのですが、 行進の先頭は対角線上の一番遠いところだということをマスコミの方が教えて下さり、 メンバー全員が、 またまた大移動。核兵器廃絶,地球市民集会ナガサキ2015,
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 どうにか、 先頭付近に着きました。 しかし、 警備の警察官が 「下がれ!」 と言って、 前に進めません。 どうしたらいいのか、 と困っていると、 メンバーの吉田勲さんが、 メンバー内の被爆者の方々を指して 「サバイバー (survivors)」 と大きな声で言いました。 すると、 警察官は 「サバイバー?」 と訊き返しました。 それを機に皆で 「Atomic bomb survivors! (被爆者)」 と連呼しました。 すると、 警察官は他の行進する団体を制し、 私たちを最前列に誘導してくれたのです。 こうして、 私達は行進の一歩をスタートしました。 出発前に浜町アーケードで、 たくさんの人達に書いてもらった横断幕を掲げて! みんな、 大きな声で 「ノーモア・ナガサキ!ノーモア・ウォー!」 とシュプレヒコールをあげながら。 眺めるニューヨーカーは、 笑顔で手を振る人や全く関心のない人、 一緒に少しだけ歩く人、 様々です。 時には長崎ユース代表団の調先生、 広瀬先生、 学生さんが加わって、気づくと私たちは笑顔で行進していました。
私たちはゆっくりしたペースで歩きましたが、 それにしてもゴール地点までは遠く、 2 時間くらいかけて、 ようやくゴール地点の国連本部近くのハマーショルド広場に到着しました。 到着すると、 行進した各国の団体が、 パフォーマンスやスピーチをしており、 私たちも 5 年前のメンバーだった林田君が 5 年ぶりに英語で語る被爆者吉田勝二さんの被爆体験紙芝居をお手伝いしました。(詳しくは田中安次郎さんの報告で)
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核兵器廃絶を願ってみんなで平和行進1, 土地勘がなく、 行進の距離が把握できていなかったので、 ゴール地点で疲れてしまったメンバーが多くおられ、 水分補給、 トイレタイムなどの配慮が足りなかったというのが反省点です。この日長崎から多くの人達が行進しました。 被爆 70 年目の行進は、 被爆者の方々の 「核兵器はいらない。 廃絶しか道はない」 という思いが一層強く感じられました。 一緒に行進しながら、 私を含む被爆を体験していない世代が、その思いを継承するための努力が必要なのだとあらためて思いました。
そして、 私は 「この思い、 届け!」 と願っていました。