フォーラム 「ナガサキ・イン・ニューヨーク」 田崎 昇
NPT 再検討会議に参加した海外の NGO とアメリカ市民に、 被爆都市長崎の平和への願いと核兵器廃絶の思いを伝えるために、 4 月 30 日夕方、 国連に近い 「ジャパン・ソサエティ」 のホールで、 フォーラム 「ナガサキ・イン・ニューヨーク」 を開催しました。
このフォーラムの開催にあたってはアメリカの軍縮教育家で 「ヒバクシャ・ストーリーズ」 の主宰者であるキャサリン・サリバンさんに企画の段階から助言、 提言をいただきました。
アメリカでは原爆のことがあまり知られていないし、 予備知識も少ないので、 専門的な話だけでなく市民にわかりやすく、 共感を得られるプレゼンテーションにしたいとの考えから、 被爆者の合唱や若者の主張をプログラムに盛り込みました。
と言います。 しかし今ではインド・パキスタン・イスラエルそして北朝鮮も保有していますよと話しましたら皆さんビックリしていました。 」
被爆者歌う会「ひまわり」 |
フォーラムは、 被爆者歌う会 「ひまわり」 の美しいハーモニーで始まりました。 寺井一通さんの指揮で 「WE NEVER FORGET」 と 「もう二度と」 の 2 曲を披露しました。 「ひまわり」 は、 被爆者だけで構成された世界で唯一の合唱団で、 地元長崎では 8 月 9 日の平和祈念式典での合唱をはじめ、 歌を通じて平和を訴えています。 ニューヨークでは国連や学校などで数回のコンサートに参加し、 平均年齢 77 歳とは思えない若々しい歌声で平和への願いを多くの人に伝えました。
次に、 田上富久・長崎市長が、 映像を使って古くから海外との交流を通じて発展して来た長崎の歴史と市民の平和を願う心について講演しました。 田上市長は、 1948 年に平和祈念式典 (当時は文化祭と呼ばれた) の開催を初めて許可した占領軍の長崎軍政部司令官デルノア中佐の娘さんパトリシア・マギーさんを壇上に招き紹介しました。 デルノア中佐が文化祭に寄せたメッセージには原爆への非難も含まれていました。
左から本村チヨ子、前川智子〈通訳〉 |
最後にナガサキ・ユース代表団の大学生 2 人が登場し、 若者らしいメッセージを発しました。 ナガサキ・ユース代表団は、 核兵器廃絶長崎連絡協議会 (長崎県、 長崎市、 長崎大学等で構成) の認定を受け、 海外に派遣される若者代表のことで、 今回は第 3 期生として 12 人がニューヨークに派遣されました。 長崎大学の3年生で広島出身の西田千紗さんは、 「市民は核兵器を廃絶する力を持っている。 若ものはその先頭に立てる」 と力強く話しました。
講演する朝長万左男実行委員 |
ニューヨーク市民に届いた長崎の平和の願い地球市民集会長崎実行委員会は NPT 再検討会議にこれまで 3 回に渡り代表団を派遣しましたが今回初めてニューヨークでフォーラムを開きました。 会場となったジャパン・ソサエティは 100 年以上も前に設立された日米友好団体。 アメリカの非営利法人としての資格を持ち、 日米間の文化、 経済、 人的交流を深めるための活動を実施しています。 フォーラム会場のホールは、 これまで著名人の講演会や、 歌舞伎、 能など日本の伝統文化の紹介などにも使われている格式のあるホールです。 企画、 宣伝などお世話をいただいたキャサリン・サリバンさんが、 フォーラムにふさわしい会場はジャパン・ソサエティしかないと、 直ちに予約をとってくれました。
会場の様子 |
今回のフォーラムには約 160 人のアメリカ市民が参加しました。 このように多くのアメリカ人が参加した理由の一つに、 このように由緒ある会場を確保できたこともあると思います。 もちろん長崎県や長崎市の公的なネットワーク、 ばってん会 (長崎県人会)、 ヒバクシャ・ストーリーズ、 ピースボートアメリカ支部などの献身的な協力のお陰でもあります。 2015NPT 再検討会議の議論の内容は、 アメリカの有力メディアはほとんど報道しなかったそうですが、 私たちは今回のフォーラムを通じて市民レベルでの相互理解を深めることが出来ました。
核兵器廃絶への道のりは、 まだまだ厳しいものがありますが、 最近は核兵器の非人道性を基礎にして、 その流れを進展させようとする国際的な流れがあります。 原爆は人間としての尊厳、 生きる権利まで奪ってしまいました。 このような原爆による非人道的な影響を世界の人に知ってもらい、 核兵器廃絶の重要性への認識を深めてもらうことが、 より確実に核兵器廃絶につながることを確信しました。