基調講演
誠意と多国間交渉

核政策法律家協会(LCNP)事務局長(アメリカ)

ジョン・バローズ

 「誠意」とは何でしょうか?私たちは、その意味を知る必要があります。核拡散防止条約第Y条は、「誠意」をもって核軍縮交渉を行うことを要求しています。平和市長会議は核の脅威を廃絶するため、「誠意」をもって行動することをすべての人に促し、求めています。
 しばしば近代国際法の父と呼ばれる17世紀オランダの国際法学者、フーゴー・グロティウスは、1625年の著作で次のように述べています。
平和の望みが捨て去られることのないよう、誠意を失わないようにすべきである。キケロは正しくも、「いのちをつないでいる誠意を滅ぼすのは、不敬な行為である」と述べている。セネカの言を借りるなら、誠意とは「人の心の最も高き善」である。

現代においては、国際司法裁判所が誠意に関して若干の指針を示しています。同裁判所は10年前、核兵器に関する勧告的意見の中でNPTの第Y条に関する解釈を行い、「厳格かつ有効な国際的管理のもと、あらゆる面での核軍縮に至る交渉を、誠意をもって追及し、完結させる義務が存在する」という全会一致の判断を示しました。同裁判所は誠意を信頼および信用を醸成する必要性や、数多くの分野における国際協力の大幅な拡大とも関連付けました。
  国際司法裁判所は別の事例において、誠意ある交渉に関する国際法は、交渉に入ること、相手側の提案を考慮すること、自らの立場を再検討することを要求しているが、これらはすべて交渉の目的に到達するためである、と述べました。
  ウィーラマントリー判事は、さらなる洞察も示しました。ウィーラマントリー氏は国際司法裁判所の元次長で、現在は国際反核法律家協会の会長を務めています。氏は今年7月、この勧告的意見の10周年を記念してハーグで開かれたある催しにおける発言の中で、誠意には特に次のことがらが必要であると述べました。
・ 言行の一致
・ 秘密の条件が存在しないこと
・ 重要な事実が完全に開示される開放性と透明性
・ 目的を損なうような措置(新たな核兵器の開発など)を取るのを控えること
・ 継続的努力
・ 目標を達成するための妥当な期間

ハンス・ブリクス氏が委員長を務める大量破壊兵器委員会が、同裁判所の意見の重要性を認識しているのは喜ばしいことです。今年6月に発表された同委員会のレポートは、『恐怖の兵器:世界を核兵器、生物兵器、化学兵器から解放する』と題されています。このレポートは核兵器廃止のためのロードマップで、この件に関連する約40の提言を備えたものです。この委員会は、軍縮の義務についての国際司法裁判所の声明を引用し、続けて「核兵器保有国は他国に対して核兵器抜きの安全保障を計画することを求めるが、彼ら自身が核兵器をもたなくなることを考慮しているようには思えない」と述べています。
  事実、1996年に国際司法裁判所が勧告的意見を出し、包括的核実験禁止条約(CTBT)の交渉が行われてからの10年の間に、軍縮の義務を実行するための努力はほとんど何も行われてきませんでした。現在、核軍縮の何らかの側面に関する多国間交渉も二国間交渉も、いっさい進行しておりません。
  しかし私たちがここに集っているのは過去を振り返るためではなく、将来に目を向けるためであり、これから、次に取るべきいくつかの措置についてお話したいと思います。中堅国家構想の第Y条フォーラムが明らかにした優先的施策について述べましょう。
  中堅国家構想とは、核兵器保有国が軍縮に踏み出すよう圧力をかけるために、中堅国家――カナダ、ドイツ、スウェーデン、南アフリカ、日本など――と協力する市民団体の国際同盟です。優先的施策とは、核物質条約、削減の検証、警戒状態の解除、核実験禁止条約、非核兵器保有国に対する核兵器不使用の保証です。これらは、ブリクス・レポートにおいても提言されています。

1)兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMTC)
 FMCTは、分離プルトニウムと高濃縮ウランを主とする兵器用核物質の生産に、恒久的に終止符を打つものであり、核兵器保有国にきわめて直接的な影響を及ぼします。日本などその他の国々はすでに、核物質の兵器への転用の検証を伴う禁止に服しています。FMCTが実現すれば、インド、中国やパキスタンが関与している軍拡競争を抑制し、イスラエルの保有兵器を制限し、その他の国々の保有兵器にも上限が定められるでしょう。検証を伴うFMCTは、弾頭や核物質の備蓄を削減し廃止するための安定した枠組みの構築を助け、テロリストによる核物質入手の阻止にも役立ち、核兵器のない世界の基柱の一つとしての役割をも果たすでしょう。
  FMCTの交渉はジュネーブ軍縮会議で行き詰ったままになっています。この主たる原因は、米国がFMCTと核軍縮の他の優先的テーマ、および宇宙における軍拡競争防止との連携化を拒否していることです。メキシコおよびその他5ヵ国は昨年、国連総会が軍縮会議を通さずにFMCTに関する特別委員会を設立することを提案しました。これらの国々は、今年はこの取り組みを推し進めてはいませんが、メキシコは数日前、国連総会において、必要ならば来年この提案を再度提出すると述べました。現在のところ、諸政府はFMCT交渉を開始する方法が見つかることを期待しているようです。オランダは、北朝鮮の核実験は諸政府がこの膠着状態を打開するための触媒の役割を果たすはずであると述べています。
  現在、米国がFMCTに検証規定を盛り込むのに反対していることが大きな問題となっています。米国は、検証規定は遵守に関して高度の信頼を提供するものではないと考えているのです。しかし検証システムの焦点を先ず、核兵器保有国における公表済みのウラン濃縮施設やプルトニウム分離施設に絞ることは可能です。ブラジル、ドイツ、オランダや日本といった非核兵器保有国において、同種の施設がIAEAの保障措置を通じて監視されているのと全く同じように、これら施設を監視することができるのです。検証の後半段階で、秘密裏に活動が行われていないことを確認するという、より困難な課題に集中することが可能なのです。
  論争になっているもう一つの分野は、弾頭に使用されるものを含めて、軍事用核物質の既存の大量備蓄の扱いです。削減が進めば、「余剰」と宣言された軍事用核物質は、兵器への使用を禁じている、検証を伴う禁止の対象とする、と定めることも一法でしょう。
  論議を呼んでいる3つ目の分野は、市民団体が重視しているものです。この分野は、原子炉で使う民生用という指定を受けてはいるが実際には兵器にも転用可能な、大量の核物質の備蓄の扱いに関するものです。このことは、分離プルトニウムをきわめて大量に備蓄している日本にとって、特に意味があります。諸政府はこれまで、この問題をFMCTの交渉の範囲に含めることに抵抗してきました。

日本はFMCTの問題に関しては概して前向きな立場をとってきましたが、例外的に、非軍事備蓄量の削減についてはFMCTで扱うべきでないとし、譲らない姿勢を示しています。
市民団体の観点から見れば、FMCTだけを切り離して考えるべきではありません。核燃料サイクルの投げかけるリスクは莫大であることから、私たちは再生可能なエネルギー源や省エネ、それに国際持続可能エネルギー機関の創設を支持すべきです。

2)核兵器備蓄の縮小と廃止の検証
レーガン大統領は、「信頼しても検証せよ」というロシアの格言を繰り返して引き合いに出しました。検証の原則を舞台の中央に引き戻すことが不可欠です。2002年の戦略攻撃能力削減条約(SORT)は、ロシアと米国のそれぞれが配備する戦略的弾頭、すなわち長距離弾頭の数を2012年までに最高で2,200発に抑えることを要求しています。ただし同条約では、弾頭と発射装置の削減または解体の検証について、何ら規定が定められていません。このため最優先されるのは、削減を検証し、削減を元に戻せないようにするための手段について合意するよう、ロシアと米国に強く求めることです。ブリクス委員会は、戦略的武力をさらに削減すると共に、2002年SORTに基づいて撤去された弾頭の解体の検証についても定める新たな条約に関する交渉を行うことを勧告しています。
  世界が、核兵器のない将来の世界には本当に核兵器がないことを確信しようとするなら、今この時から、検証と透明性のための対策を実施することが必要です。というのは、弾頭、核物質の備蓄や核に関する能力が隠されていないことを確認するのはなかなか骨の折れることになりそうだからです。その第一歩としてすべての核兵器保有国は、軍事用備蓄と弾頭に含まれている核物質の量を申告すべきです。

3) 実戦配備状態にある核戦力の削減
米国で現在、命令が出れば数分以内に発射できる弾頭の数は1,600を上回ると推定されており、ロシアで同様に発射の準備ができている弾頭の推定数も1,000を上回っています。日常のどの瞬間においても、この2国が核兵器については冷戦時と同じスタイルでがっぷりと四つに組んだままというのは全く恥ずべきことのはずです。この膠着状態は、発射装置からの弾頭の取り外しや、核ミサイルの発射に必要な時間を日単位から週単位、月単位へと延ばすようなその他の施策によって打開することが可能です。警戒状態を解除すれば、ミスやクーデター、核施設に対する攻撃、偽の警告、無断発射や指揮統制システムへのハッカーの侵入などにからむリスクの緩和に役立つことでしょう。

4) 包括的核実験禁止条約(CTBT)
135ヵ国がCTBTの批准を済ませています。しかし、特定の44ヵ国が調印と批准を行わない限りCTBTは発効しないにもかかわらず、うち10ヵ国がまだ批准を済ませていません。未批准国には、米国、中国、イスラエルが含まれています。それ以外の核兵器保有国であるインド、パキスタン、および朝鮮民主主義人民共和国は、調印という第一歩さえ踏み出していません。良かったと言えるのは、国際監視制度がすでに稼動していることです。この制度により、北朝鮮の核実験がしっかりと検知できました。CTBTは依然として前進へのカギであり、核兵器の拡散を抑制し、高性能兵器の改良に制約を課し、環境を保護する助けとなるでしょう。CTBTは、核兵器のない世界を作り上げる構造体の不可欠な部分となるはずです。

5) 非核兵器保有国に対する核兵器不使用の保証
特にフランスと米国において、この10年の間に、核兵器非保有国に対する核攻撃に関する基本政策および技術的準備が整ってきました。この趨勢により、非核兵器保有国が久しい以前から求めてきた、非核兵器保有国に対して核を使用することを禁止する協定が、特別の緊要性を帯びるようになっています。いまやこの要求に応えるべき時、また核兵器保有国がさらに一歩踏み込んで、軍事・外交政策の中心的手段としての核兵器への依存に終止符を打つべき時が来ています。

結論
私がお話してきた優先的施策は、それ自体、価値あるものです。これらの施策は、核兵器使用のリスクを低減します。また、壊滅的な結果をもたらす兵器やそれを製造するための物質をテロリストが入手できる可能性を抑えます。別の国々が新たに核兵器を入手するのを阻むための垣根を高くし、核不拡散体制を強化するための支えも生み出します。しかしこれらの施策は、核戦力の廃絶に向けての取り組みという、幅広い枠組みの中で考えられなければなりません。このプロセスのもたらす成果を予見することができなければ、核兵器を保有する国々は自らのあいまいな姿勢を正そうとはしないでしょう。
  施策だけでは、もちろん十分ではありません。市民団体は軍縮という総合的な枠組みについての――誠意ある――交渉を要求し続けなければなりません。結語はブリクス委員会に述べてもらいましょう。委員会は次のように語っています。「核軍縮条約は実現可能であり、慎重で賢明、かつ実際的な施策によって到達することが可能である。」

 

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