NGO代表スピーチ 3
 2010年5月に開催される核不拡散条約(NPT)再検討会議は、核不拡散体制が長期的に維持可能かどうかを左右する山場になるというのが大方の見解です。当然のことながら非核保有国は1970年に発効したNPTの軍縮義務を核保有国がついに履行すると期待しています。この再検討会議の結果によって、米国のバラク・オバマ大統領の核軍縮発言の背後にある現実が問われることになります。
 2009年4月5日のオバマ大統領のプラハでのスピーチは世界を変える出来事として、私が訪問した先々で歓迎されていました。これはブッシュ時代が終わったという安堵感や核軍縮の突破口への切望という皆に共通した気持ちの表れであると考えています。1つ確かなことがあります。オバマ大統領のプラハでのスピーチによって大きな希望の波が沸き起こり、核兵器廃絶のために大いに必要とされている新たな提言や活動を行う余地が広がったことです。しかし、オバマ大統領はプラハで矛盾する発言をしており、大統領の外交政策も外交を重視すると強調しながら武力行使に大きく依存するという相反する姿勢を取っていると評されていいます。
 プラハでの歓迎に感謝するスピーチの中でオバマ大統領は、核兵器廃絶のため「米国は世界で唯一核兵器を使用したことがある核保有国として行動する道義的責任があります。」と述べました。また大統領は「冷戦時代の考え方に終止符を打つために、米国の国家安全保障戦略における核兵器の役割を縮小し、他国にも同様の措置を取ることを求めます。」とその場を盛り上げるように宣言しましたが、その言葉に続けて「核兵器が存在する限り、米国はいかなる敵であろうとこれを抑止するため安全かつ効果的な兵器を維持し、同盟諸国に対する防衛を保証します。」とも述べました。この免責事項は過去65年近くにわたり米国の国家安全保障政策の要として核兵器の役割を存続させてきた巨大な軍産複合体の影響を反映しています。
 米国の外交基本政策の中で抑止力とは何を意味するのでしょうか。一般的な定義としては、2008年9月の国防総省のレポートに「わが国の目標は一貫して実際に兵器を使用しないことであるが、核抑止力は日々行使されている。この核抑止力の行使の方法は、友好・同盟諸国には安心を与え、敵国には米国と同等の軍事力の保有を目指さないよう説得して断念させ、潜在的な敵国による米国および同盟諸国への攻撃を抑止し、さらに万一抑止策が失敗した場合は、敵国を打ち破る潜在力を備えることである。」と記載されています。
 言い換えれば、米国は銀行強盗が窓口係の頭に拳銃を突きつけるのと同じように、核攻撃を脅しに使っているのです。ジョセフ・ガーソンは2007年に出版された著書「帝国と核兵器−いかに米国は核兵器で世界を支配しているか」の中に、広島および長崎への原爆投下以降、歴代の米国大統領が核戦争開始に備えたり、核戦争の開始も辞さないと言明したりした30件を超える出来事について記しています。近年ではクリントン大統領がリビアの地下化学兵器工場とされている施設に対してひそかに核で脅しをかけ、ブッシュ大統領はイラクにおける戦場での核兵器使用のための緊急事態計画を立案させていました。核抑止政策は消極的なものでも恵みをもたらすものでもないのです。
 米国政府のトップの人々は変わりましたが、その支えとなる組織や特別利益団体は変わってはいません。現在の米国の軍事費は諸外国の軍事費の合計とほぼ同額です。国防総省は130ヶ国を超える国々に約1,000ヶ所の基地を保有しており、コロンビアには新たな基地を建設中です。アフガニスタンに追加部隊を派遣するため、現地にさらに基地を建設することになるでしょう。そして米国は国外に核兵器を配備している唯一の国家です。現在ヨーロッパ5ヶ国のNATOの基地に配備しています。
 こうした背景を受けて、核体制派の大物達は、従来の軍縮を再開するためのオバマ大統領のささやかな第一歩ですら確実に失敗に終わるよう全面攻勢をかけています。例えば、来るべき「核体制見直し」について助言を行う目的で連邦議会によって設置された委員会が2009年5月に「米国は安全で信頼できる核兵器の備蓄を必要としており、軍事紛争で危機に直面した際そうした核兵器を使用することはありうることだ...現在のところ、核兵器廃絶が可能になるような状況は存在せず、そのような状況を確立するには、世界の政治秩序が根本的に変わることが必要であろう。」と報告しています。
 そのような状況をほぼ確実に創り出せないようにするかのように、2009年に上院は超党派の支持を得て、2010年の国防予算案の修正案を可決し、米露間の戦略兵器削減条約(START)の後継条約が米国の弾道ミサイル防衛システム、宇宙能力、または高性能通常兵器システムを制限しないようにすることを大統領に求めました。しかしながら、これらの要求はまさにさらに大幅な核兵器削減の妨げになるものとしてロシアが提起している問題なのです。また別の修正案では、大統領に米国の核兵器近代化計画を実施するよう求めています。同じような反軍縮の条件が包括的核実験禁止条約の上院批准にも付けられる見込みで、この条約の歴史的に重要な意味合いが弱まり、批准を保留するその他の国々がますますこの条約の批准をしそうもない状況になっています。
 核武装支持者によると、米国が「確かな」抑止力を維持するためには、核兵器インフラへの膨大な投資が必要だとのことです。2008年3月、米国の核戦争計画を担当する戦略軍司令官ケビン・チルトンが連邦議会で「インフラの刷新によって、21世紀を通じてわが国は核保有能力と核のノウハウを維持できます。」と述べました。  2009年11月にはチルトン司令官は、「大統領自身が核兵器のない世界は早急には達成できないだろうし、自分が生きている間は無理かもしれないと言ったが、私も同じ意見です。それは、40年間で世界中の全ての兵器を物理的に破壊することができないからではありません。それはしようと思えばできます...問題はそれをしたところで世界が今より安全になるのだろうかということなのです。」と述べて、米国には今後40年間は核兵器が必要だろうとの予測を示しました。オバマ大統領のプラハでの演説を引用しながらチルトン司令官は、戦略軍としては「核兵器が存在する限り、米国はいかなる敵であろうとこれを抑止するため安全かつ効果的な兵器を維持し、同盟諸国に対する防衛を保証するという大統領の確約」に重点を置くべきだと述べました。
 この目的を達成するため、2009年9月に連邦議会は2010年度の軍事予算を前年度より少し上回る64億ドルとすることを可決しました。この軍事予算は米国の核兵器の備蓄の維持・拡充を図るためのものです。これには現在世界の海を巡航している14隻のトライデント潜水艦に搭載されているW76核弾頭の改良、B61核爆弾の近代化のための研究や「長期対応の21世紀型兵器」の計画も含まれています。さらに、水素爆弾の中枢であるプルトニウム・ピットの製造のための予算も増額されます。  おそらく核弾頭の改良よりもさらに危険なのは、通常兵器の運搬システムの改良でしょう。チルトン司令官は「わが国は現在全世界を射程に入れた即時攻撃が遂行できるよう常に警戒態勢を取っているが、それも核兵器のみが使用できる装備となっているので、大統領が利用できる選択肢を狭めることになっており、場合によっては、わが国の抑止力の信頼性を低下させることにもなりうる。」と述べています。
 それを受けて、国防総省では1時間以内に米国から地球上のいかなる標的をも攻撃できる通常弾頭が搭載可能な次世代型長距離運搬システムの開発を開始する態勢を整えています。攻撃を受ける側では飛んでくるミサイルが核ミサイルなのか通常ミサイルなのか知る術がありませんので、自分達に核戦力があれば、おそらくそれを行使することになるでしょう。
 ロシアの安全保障の専門家は、米国が核兵器の代替手段としてこうした通常兵器を保有していることが、米露間の核軍縮交渉の障害となる可能性があるとの懸念を表明しています。カーネギー財団モスクワセンターの研究員であるアレクセイ・アルバトフは「世界中で米国の核兵器を恐れている国はほとんどないが、米国の通常兵器を恐れている国は多い。特に、中国やロシアといった核保有国は、主に米国の精密誘導長距離通常兵器による戦闘能力の向上について懸念している。」と述べています。さらにアルバトフは「核兵器開発の潜在能力を有してはいるがまだ核保有国にはなっていない国家も同様に米国の通常兵器による戦闘能力を懸念している。」と述べています。
 逆説的にヒラリー・クリントン国務長官の核不拡散・軍縮問題担当特別顧問ロバート・アインホーンは2007年に「わが国はさらに効果的な通常兵器の開発にもっと取り組むべきだ。ほぼどのような状況になろうとも大統領が核兵器を使用するところは想像もできないが、わが国が通常兵器の使用を辞さない意思をもっていることは誰もが疑わないだろう。」と述べました。この発言は残念ながら全く事実に合致しています。しかし、米国の通常兵器による軍事的脅威がさらに高まることは、米国の核軍縮プロセスにおいてもちろん望ましい結果ではありません。さらに、米国より経済資源の少ない潜在的な敵国はどのような反応を示すでしょうか。米国の通常兵器による軍事的優位性に対抗して、核兵器を保持・入手する気にはならないでしょうか。そしてそれに対して今度は米国が自国の核兵器を保持し近代化する決意を固めることになり、その結果核軍縮の目標達成はほぼ不可能になりはしないでしょうか。これが現在私達が直面している難問の1つなのです。
 2009年10月21日にクリントン国務長官が米国平和研究所に向けて極めて不穏な演説を行いましたが、その中で「わが国は核兵器のない安全で平和な世界を真摯に追求していますが、最後の核兵器が廃絶される時点に到達するまで、米国は核実験をすることなく安全で効果的な抑止力の維持に必要な核兵器インフラを保持するという国内のコンセンサスを強化する必要があります。ですから2011年の堅固な核関連施設建設のための予算を支持することに加え、戦闘能力の維持に重点的に取り組む新たな備蓄管理計画も支持します。」と述べました。さらに国務長官はチルトン司令官を引き合いに出して「これは戦略的抑止力について責任を負う軍の指揮官がわが国を守るために必要としていることなのです。」と述べました。
 国務長官はさらに追い打ちをかけるように「大統領も認めているように、我々が生きている間あるいは我々より何世代か後になっても核兵器のない世界という夢は実現できないかもしれないのです。」と述べました。
 1月19日付のウォールストリート・ジャーナルの社説の中で、今では「四騎士」として有名になったシュルツ元国務長官、ペリー元国防長官、キッシンジャー元国務長官、ナン元上院軍事委員会委員長が「人間が作り出した最も致命的な武器が危険な者の手に渡る可能性がある。」と警告し、核兵器研究施設および核兵器インフラの近代化のための予算の大幅な増額を求めました。さらに「保有する核兵器の数が減少するにつれ、その高い信頼性を維持することが重要になっている。」と述べ、「米国は引き続き優れた科学者、エンジニア、設計者、技師を集めて、育成し、つなぎ止める必要がある。また国家の安全保障上必要な限り、核兵器をどのような規模であれ維持するべきだろう。」と主張しました。
 また1月29日付のウォールストリート・ジャーナルの社説では、米国のジョセフ・バイデン副大統領がオバマ大統領のビジョンを引用して「四騎士」の分析と勧告を是認していました。副大統領は、オバマ政権の連邦議会への2011年度の予算要求では、核兵器の備蓄、核関連施設、およびそれらに関連する核兵器計画への予算を2010年度より10%増額して70億ドルとするよう求めることを公表しました。またバイデン副大統領は政府が今後5年間で「これらの重要な活動」に対する予算を50億ドル以上増額するつもりであることを明らかにしました。
 私の次の世代の若い核廃絶活動家仲間はこうした循環論法に対して「反核核保有主義」という新しい用語を作りました。
 残念ながら、この反核核保有主義はとても短絡的なものです。核兵器インフラの近代化に投資することは他国からは見せかけだけだと思われることでしょう。またこうしたことは、恐らく現在の大統領よりももっと軍国主義的な次の共和党の大統領、そしてさらにそれ以降の大統領に、望めば新たに核兵器を設計・製造する手段を与えてしまい、その結果新たな軍拡競争に拍車をかけることになるでしょう。
 ハンス・ブリックスが率いる大量破壊兵器委員会(WMDC)が2006年の報告書で「当委員会はある国が保有している核兵器は脅威をもたらさないが、別の国が保有している核兵器が世界を生か死かの危険にさらすという意見を認めない。」と述べています。またこの委員会は「核兵器を保有する国家は責任を持って行動することも、無謀に行動することもありうる。また国家は時と共に変化することもある。」と賢明な意見を述べています。つまり、核兵器というものは誰の手の中にあろうと危険なものだということなのです。
 批評家の中には、オバマ大統領の「平和で安全な核兵器のない世界を追求する」という誓いを前例のないものと評する人々もいました。しかし、核不拡散条約の中で、米国と条約締結当初のその他の核兵器保有国は自らの核兵器の廃絶について「誠意をもって」交渉することを誓約していたのです。それから40年後、冷戦終結後20年が経ちますが、なぜまだ核兵器はこの世にあるのでしょうか。それで恩恵を受けているのは誰なのでしょうか。もし歴史上最も強大な軍事力をもつ国家が自己防衛のためには核兵器が必要だと主張したら、それより力の劣る国家が核兵器を手放すことを現実的に期待できるでしょうか。これらは究極の大量破壊兵器を廃絶するのには何が必要なのかという答えを見つけるために問うべき難問なのです。
 私は全ての答えを持っているわけではありませんが、もはや核兵器廃絶は単一の問題としては取り組めないという考えに至るようになりました。核兵器廃絶を実現するには、軍事化、グローバル化、経済といった相互に関連した問題に取り組む必要があります。そしてこの永続的に戦争が続くシステムから恩恵を受けていない世界人口の大多数を構成するさまざまな人々をまとめる運動を起こす必要があると思います。また、こうした人々を引き付けるため、あらゆる場所にいる個人の基本的欲求を満たすことに焦点を合わせた、広く一般的に用いることができる「人間のための」安全保障のビジョンを策定し、圧倒的な軍事力によって確保される、時代遅れで持続不可能で基本的に非民主的な「国家のための」安全保障という考え方に取って代わらせることが必要です。
 世界的な経済や環境の危機が重なり、天然資源をめぐる競争が激化する中、核武装国間の紛争の危険性が高まってきています。ですから核兵器の廃絶にもう何十年も待つ余裕はありません。核兵器廃絶に向けて真摯に行動するためには、その他の課題にも取り組む必要があるでしょう。しかし、だからと言って核抑止力の非合法化および国家の安全保障政策から核兵器の役割を排除するのをこれ以上遅らせてはなりません。
 「核軍縮は非軍事化や人間の欲求を満たし、環境を再生するための資源の活用方向の変更といった世界的な流れの一番先にあるべきである。」これは2010年5月のNPT再検討会議に向けて現在発展しつつある国際的な市民社会運動組織が採択したミッション・ステートメントです。日本のNGO団体によって開始された、NPT加盟国に対して期限を定めた枠組みの中で核兵器廃絶のための条約について交渉を開始することを求めた嘆願書への署名運動は、「平和市長会議」の支援を受けつつ、現在何百もの団体が世界中で何百万人分もの署名を集めています。さらにこうした団体は、ニューヨークに集結して、4月30日〜5月1日に開催される大規模な国際会議「核のない平和で公正で持続可能な世界のために」への出席と5月2日に行われる大規模なデモ行進と集会、それに「平和と正義のフェア」への参加を計画中です。
 オバマ大統領がノーベル平和賞を受賞するためには我々の協力が必要です。軍縮に意味のある進展をもたらすことができる政治的意思の構築は我々全員の手に委ねられているのです。


核西部諸州法律財団事務局局長 ジャクリーヌ・カバッソウ
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