分科会報告
分科会3:核兵器廃絶と多国間交渉
核兵器廃絶へ向けた世界の動きと日本の役割




はじめに
 この分科会では、NPT弱体化の危機を克服し、核兵器廃絶を達成するためにどうすべきか。イラン、北朝鮮の核開発問題、米国の核政策、CTBTやFMCTの問題など、NPT体制強化および核兵器廃絶に向けた国連や軍縮会議、各国の取り組み、特に日本政府とNGOの果たすべき役割と可能性について話し合った。

ジャクリーン・カバッソー
 核兵器は米国の核政策のなかで正当性を得てきており、その「国家安全保障政策」の中において、核兵器の使用を主張しており、核兵器の役割を増大し、核兵器と通常兵器の境界をあいまいにしてきている。また核兵器の先制使用や、「防止的」手段としての核兵器の使用が考えられている。
 2005年のN P T再検討会議は失敗し、2000年NPT再検討会議で採択された核軍縮に関する13項目は実行されていない。
 NPTは第6条で、核兵器廃絶の交渉を5核兵器国に義務づけている唯一の法的文書であり、他方、第4条で原子力の平和利用の権利が認められている。核兵器廃絶条約ができるまで、NPTを保持しなければならない。しかしまた、原子力から離れていく方向を探求すべきである。すなわち、NPTを推持しつつ包括的な核兵器廃絶条約に向けて努力すべきであるし、「国際的な持続可能なエネルギー機関」を創設すべきであろう。
 今とは異なる種類の未来を構築するための新たなコンセンサスを作っていくべきであるが、日本人、特にヒバクシャは、「二度と繰り返してはならない」という基本的な教訓を次世代に伝えるのにきわめて重要な役割を果たしうる。国家の安全保障ではなく、集団的な人間の安全保障を追求すべきである。
 北朝鮮の核実験があり、日米は米国の核の傘を強調しているが、日本のNGOは、日本が米国の核の傘から離脱するよう日本政府に働きかけるべきである。また米国のミサイル防衛に反対し、その研究・開発への参加をやめるべきである。日本は核兵器が安全保障を提供するという考えを放棄し、日本と朝鮮半島を含む北東アジア非核兵器地帯の交渉を開始すべきである。
 米国政府は法の支配へのコミットメントを再確認すべきであるし、NPT第6条の義務を履行すべきであり、CTBTに批准して、核兵器の開発をやめるべきである。
 NGOおよびシビルソサエティのメンバーとして、共通の関心は国境を越えているし、文化的、民族的、宗教的差異をも乗り越えている。自分の国家の安全保障ではなく、すべての人々の集団的な人間の安全保障に関心がある。政治的に達成可能だと考えるものに限定されず、本当に何が欲しいのかを確定し要求するのが私たちの仕事です。それぞれの国において核軍縮のための政治的意思を作り出すという第一の責任を追求しつつ、私たちの共通の目標に向けて協働できる方法を探し出さなければなりません。
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デビッド・クリーガー
 核兵器廃絶条約に関する交渉は60年間まったく行われていないし、ジュネーブの軍縮会議もコンセンサス・ルールにより進展できないでいる。 CTRTはまだ発効せず、FMCTの交渉も開始されていない。2000年NPT再検討会議の13項目のほとんどに関して核兵器国はそれらを実行していない。
 核兵器国が義務を履行していないことにつき、2006年の大量破壊兵器委員会の報告書は、「核不拡散に関するNPTの実効性が信頼を失っているのは、核兵器国が核軍縮の義務を履行しないことの結果である」としている。
 核兵器国が核兵器廃絶の交渉をしない結果、さらに拡散が広がっているのである。イスラエルがそうであり、インド、パキスタンがそうである。米国はインドとの原子力協力合意により、自らの不拡散法と原子力供給国グループのルールを変えようとしている。
 北朝鮮は核実験の実施を発表したが、日本、中国、韓国、台湾を含む北東アジアでの危険な核軍拡競争になる可能性がある。核兵器国は自らの義務にふれることなく、北朝鮮についてもその間題の徴候にのみ注目し、その根源問題には考えが及ばない。根源の問題は、核兵器国がこれらの大量殺戟兵器を所有し続け、それに依存していることである。
 このように核兵器国が、核兵器廃絶を達成するために誠実に交渉を行う義務を履行せず、不道徳に、違法に、危険に行動するときは、世界はどうすべきであろうか。答えはないが、−歩一歩前進していくことで見出されるであろう。恐れるのは、事態の緊急性が広く理解されていないように見えることである。
 われわれすべては、この間題を取り囲み、人間性を取り囲もう。広島、長崎のヒバクシャと広島市、長崎市の継続的な努力に感謝申しあげる。
 核兵器の倣慢さと不条理さという不毛の光景に対して、善意のある人間が、馬鹿で、近視眼的で、無能な国家指導者の手にある破滅的に危険な技術に打ち勝つであろうことを信じるべきである。

レベッカ・ジョンソン
 今日、NPTは弱体化されているが、核保有国と核非保有国という異なった権利・義務を規定するNPTは本質的に不安定なものである。
 したがって、以下に示すような、軍縮に対する統合的アプローチが必要である。
(1)不拡散体制の国際法と規範を強化し、遵守と強制のためのもっと効果的な監視措置を備えること。
(2)既存の核兵器国によっても新たな核兵器国によっても、新たな核兵器が開発されたり配備されたりしないようにすること。
(3)核兵器の使用を全面的に排除すること、それにより、すでに化学兵器、生物兵器に適用されている大量破壊兵器の使用のタブーと禁止を強化すること。
(4)核保有国のそれぞれに対し、NPTおよび関連諸条約の義務をどのように履行するのかの一貫した計画を作成するよう要請すること。
(5)兵器目的であれ民生用原子炉用であれ、プルトニウムと濃縮ウランの生産を禁止すること。
核兵器の廃絶の基礎を築くため、もっと一貫した、共通の安全保障に基づくアプローチを採用すべきである。統合された軍縮は法の支配に基礎を置くべきであり、以下の三つのレペルー水平的拡散、垂直的拡散、国家および非国家テロリストによる核物質や核兵器へのアクセス防止で並行して進めるべきである。
 核兵器の廃絶のためには、核兵器の価値を下げることが必要であり、そのために核兵器の使用禁止という原則および約束の世界的な採択を促進すべきである。核兵器は政治的なものであり、そのシンボリックな重要性を低下すべきである。核兵器は非人道的であり、非倫理的であり、核兵器に汚名をきせることにより、廃絶に向かうべきである。
 核兵器使用禁止の約束は、NPTの核兵器国のみならず、すべての保有国、さらには核兵器を保有しない国によっても行われるべきであろう。
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浅井 基文
 核廃棄廃絶が一歩も前進しないのも、多国間交渉に進展が見られないのも、そこに横たわる真の問題とは、核問題に関
して二重基準を積み重ねるアメリカの核政策の存在がある。NPT体制ももともと二重基準であり、アメリカは同盟・友好国とな
らず者国家に対し二重基準を追求してきた。このアメリカの二重基準を問いただし、アメリカの核政策に対して国際社会がいかに毅然とした態度を取りうるかを議論すべきである。
 北朝鮮の核実験は当然非難されるべきであるが、北朝鮮をして核実験強行せざるを得ない状況にまで追い込んだアメリカの北朝鮮に対する政策を非難する必要がある。
 より深刻な問題は、北朝鮮を自暴自棄に追い込むことは、アメリカの先制攻撃による北朝鮮の体制交代(レジーム・チェインジ)に口実を与える可能性を増し、日本を含む近隣諸国に大きな惨害を引き起こす可能性があることである。
 私たちは、すでに核被害を体験した国民として、「ノー・モア・ヒロシマ」「ノー・モア・ナガサキ」を唱えてきたが、ブッシュ政権の政策は、この訴えを根底から否定する結果を招きかねない。
 北朝鮮の核実験に反対し、非核化への道に復帰することを促すと共に、アメリカに対して、北朝鮮が熱望している直接対話に応じるよう働きかけるべきである。
 イラン問題については、ブッシュ政権の強硬政策によって、北朝鮮と同じ道を選択せざるを得なくなるのを防ぐには、どうすべきかを考えるべきである。
 現在真剣に考える必要があるのは、先入観を抜きにして、北朝鮮、イランの主張・立場を検証することである。
 NPT体制に関しては、2000年再検討会議の到達点を再確認し、2010年会議がそれを出発点とするようにすべきであり、アメリカがその核政策の見直しをせざるを得ない状況をつくるために何をなすべきかを考えるべきである。核抑止神話を打破するにはアメリカを攻略する展望を切り開くべきである。
 日本の矛盾を極める核政策についても、批判を向けるべきであり、アメリカの核抑止力に対する依存をやめない限り、日本は世界的核廃絶そしてそのための多国間交渉に有意な役割を担うことはできない。

吉田 文彦
 NPTでは、5核兵器国以外が核兵器をもたないことを約束し、これら5核兵器国は核軍縮を進めることを約束している。しかし実際には、主要国の地政学上の利害によって不拡散政策がねじ曲げられてきた。
 イスラエルには、初期段階でフランスが援助し、米国は事実上黙認し、1969年には米国はイスラエルの核問題には触れないという密約を交わした。
 イランに対し、米欧諸国はパーレビ体制下で原子力開発に協力し、その後イランは闇市場からウラン濃縮関連部品を導入した。核不拡散体制が不徹底のまま、米国はイランの封じ込めに傾斜した。
 北朝鮮では、旧ソ連が核関連施設の建設を援助し、中国も原子力協力を行い、技術交流を進めていた。北朝鮮のNPT加入は1985年であり、それ以前に旧ソ連が長年にわたり協力してきた。
 インドに対しては、米国は1950年代から原子力開発協力を行っており、1974年に平和利用名目の核実験を行った。パキスタンの原子力開発には中国、フランスなどが支援していた。その後闇ネットワークを通じて核開発のための技術や物資を買い集めた。
 以上を整理すると、
(1)今にいたるまでNPTに入っていないのに、原子力協力が行われたケース(インド、パキスタン、イスラエル)、
(2)NPTに入るずっと以前から、原子力協力が進められたケース(北朝鮮)、
(3)NPTに入っていながら、裏で核兵器開発に繋がる動きをしていたケース(イラン)
に分類できるが、共通しているのは、大国の利害もからむ中で、いずれもNPTの普遍的適用を促す力が弱かったということである。
 今後の課題としては、
(1)外交的手段による地域の緊張緩和・信頼醸成が不可欠である。
(2)南半球をほぼ覆うまでになっている非核兵器地帯を北半球に広める。
(3)原子力平和利用に対する国際管理を強化する必要がある。
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パネリストディスカッション
 以上の各パネリストの報告の後、パネリスト間での議論が開始され、核軍縮が進まない現状の分析、核不拡散体制が弱体化している状況、米国では核兵器の使用が現実の戦略で考えられている実情など、現状の分析に関しては、参加者の認識は一致しており、特に米国のブッシュ政権による二重基準の大幅な適用により、国際安全保障の基盤そのものが危機に瀕していることが明らかにされた。
 核兵器の廃絶に向けた何をなすべきかに関して、パネリストはさまざまな提案を行ない、それらに関して議論が進められた。またその後、会場より、多くの質問と意見を頂戴し、それらを紹介しつつ議論を継続した。
 議論の流れとしては、核兵器廃絶のための即時に有効な手段はないとしても、引き続き核廃絶に向けて一歩一歩進むべきことが重要であるとの認識が共有された。国際社会に対しては、特に核兵器国に対し、CTBTを署名・批准していない国々にそれらの早期の実施を求めること、またFMCTについても早期の交渉開始と条約の締結を求めていくことの重要性が述べられた。

  特に、米国のブッシュ政権における核政策は、核廃絶と真っ向から対立するもので、かえって世界の安定を損なっているので、米国の政策を、特に二重基準の採用による政策を、変更させるために、何をなすべきかを考えるべきであると主張された。
 また弱体化したNPTを強化することは必要であるが、NPTは基本的に差別的なものであり、NPTの強化自体を目的とするのではなく、核廃絶の前提として核不拡散が必要であるという風に、核廃絶の手段として重要であって、それ自身は目的ではないことも主張された。
 それとの関連で、原子力平和利用においても、プルトニウムおよび濃縮ウランの使用禁止を進めるべきことが訴えられた。
 また日本政府に関しては、日本の核政策は、米国の核の下で核廃絶を言うのは欺瞞であって、日本は米国の核の傘から抜け出るべきであると主張された。
 核兵器の廃絶に向けて、最も重要なのは核兵器のもつ政治的および軍事的意義あるいは意味を大幅に低下させることであり、その一手段として、核兵器の使用禁止に取り組むべきであり、各国が核兵器の使用禁止を宣言するよう努力すべきであることが強調された。
 特に、核兵器は使えない兵器であり、おぞましい兵器であるという訴えを、これまでもヒバクシャを中心に行われてきているが、さらに声高に訴えるべきであり、核兵器をもっていることは、軍事的には役に立たず、道義的には悪であり、政治的にもマイナスであるという一般的な認識を広める必要が議論された。
 NGOとしては、核兵器の軍事的および政治的価値を低下させるためのさまざまな方法を考え、実施すべきであるとともに、国家の安全保障が最優先されている現状から、人間の安全保障といったものに考えの中心を移行すべきであり、核兵器が個々の人間の安全保障に役立たないだけでなく、かえって個々の人間を危険にさらしている現状を認識すべきことも議論された

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